東京地方裁判所 平成3年(ヨ)2956号 決定 1991年8月22日
債権者 甲野太郎
債権者 甲野花子
右両名代理人弁護士 伊藤憲彦
債務者 乙山春夫
債務者 丙川ハウジング株式会社
右代表者代表取締役 丙川夏夫
右両名代理人弁護士 福田浩
右当事者間の頭書事件について、当裁判所は、債権者らに別紙担保目録記載の担保を立てさせて、次のとおり決定する。
主文
一 債務者らは、別紙物件目録記載一の土地上に建築中の同目録記載二の建物のうち、各部分の右土地の地盤面からの高さが、当該部分から右土地の隣地境界線までの真北方向の水平距離に〇・六を乗じて得たものに五メートルを加えたものを超える部分について、建築工事を中止し、これを続行してはならない。
二 債権者らの主位的申立てを却下する。
三 申立費用は債務者らの負担とする。
事実及び理由
第一申立ての趣旨
(主位的申立て)
債務者らは、別紙物件目録記載一の土地上に建築中の同目録記載二の建物について、建築工事を中止し、これを続行してはならない。
(予備的申立て)
債務者らは、別紙物件目録記載一の土地上に建築中の同目録記載二の建物のうち、各部分の右土地の地盤面からの高さが、当該部分から右土地の隣地境界線までの真北方向の水平距離に〇・六を乗じて得たものに五メートルを加えたものを超える部分について、建築工事を中止し、これを続行してはならない。
第二事案の概要
1 当事者等(当事者間に争いのない事実)
(一)(1) 債権者らは、別紙物件目録記載三の土地(債権者土地)を共有しており、債権者甲野太郎は、債権者土地上の同目録記載四の建物(債権者建物)を所有し、その妻である債権者甲野花子等とともに債権者建物に居住している。
(2) 債務者乙山春夫(債務者春夫)は、別紙物件目録記載一の土地(本件土地)上に、同目録記載二の建物(本件建物)を建築しつつある建築主であり、債務者丙川ハウジング株式会社(債務者丙川ハウジング)は、右建築工事の請負人である。本件土地は債権者土地の南側にあるが、本件土地と債権者土地との間には幅員三・八五メートルないし三・八七メートルの通路があり、本件建物は、本件土地の北側隣地境界線から一・一五メートルの距離に建築中であるが、債権者建物は、債権者土地の南側隣地境界線から三・〇九メートルないし二・八一メートルの距離に建築されている。
(二) 債権者らは、本件建物の建築により債権者建物の日照を阻害されるとして、申立ての趣旨記載のとおりの仮処分命令を求めている。
2 主要な争点
本件建物の建築により、債権者建物に受忍限度を超える日照阻害をもたらすために、建築工事を禁止する必要があるといえるか否かが本件の争点である。
第三当裁判所の判断
一 疎明資料及び審尋の全趣旨(争いのない事実を含む。)によれば、以下の事実が一応認められる。
1(一) 本件土地には債権者建物が建築される前には、木造二階建の建物が存在していたが、それにより債権者建物の日照に特に悪影響を及ぼしていたことはなかった。
(二) 本件建物の建築により債権者建物の南面開口部に及ぼす日照阻害の程度は、冬至の時点において午前八時から午後四時までの時間帯で次のとおりである。午前八時には一階部分の約四割、二階部分の約四・五割が日影となるが、その後平面的には日影となる部分が次第に拡大し、午前九時には一階部分の約八割、二階部分の約九割が日影となり、午前一〇時には、一、二階部分ともほぼ全部が日影となり、午前一一時には一階部分の全部、二階部分のごく一部が日影となり、その後日影となる部分が次第に減少し、午前一二時には一階部分の約八割が日影となり、午後一時には一階部分の約六割が日影となり、午後二時には一階部分の約一・五割が日影となり、午後二時三〇分頃以降は日影となる部分はない。
2 本件土地は、都市計画上第一種住居専用地域、第一種高度地区に指定されており、建ぺい率五〇パーセント、容積率一〇〇パーセントである。本件土地の周辺には、畑地も多く残っており、二階建以下の低層住宅が多く、マンションその他の中高層建物は殆ど存在しない。
3 本件土地において、地上三階以上又は軒の高さが七メートルを超える建物を建築しようとする場合には、建築基準法五六条の二、東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例に基づく日影規制により、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までの間において、平均地盤面から一・五メートルの高さの水平面で、敷地境界線から北側五メートルを超え一〇メートル以内の範囲に四時間以上日影を生じさせてはいけないとされている。本件建物は、地上二階、軒の高さが七メートル弱であって、右規制の対象外であるが、本件建物が建築された場合には、平均地盤面から一・五メートルの高さの水平面で、敷地境界線から北側五メートルを超え一〇メートル以内の範囲に、少なくとも東西にわたって約六メートルの範囲で四時間以上日影を生じさせるので、右規制を本件建物に当てはめてみると、その日影は右規制を超える。
4 本件土地は、東京都の都市計画による北側斜線制限の適用を受け、本件土地の建築物の各部分の本件土地の地盤面からの高さは、当該部分から右土地の北側境界線までの真北方向の水平距離に〇・六を乗じたものに五メートルを加えたもの以下としなければならないが、本件建物は右制限に違反している。
5 債務者春夫は、平成三年三月一一日、本件建物の建築計画が建築基準法等の公法上の規制に適合するものであるとして建築確認を申請し、建築確認を受けたものと異なっていたため、平成三年六月二九日、練馬区長から、建築基準法五二条一項一号(容積率の規制)、五三条一項一号(建ぺい率の規制)、五八条(高度地区に関する規制)違反を理由に、本件建物の工事施工停止命令を受けた。
6 債権者らの予備的申立てのとおりに本件建物の建築を禁止した場合、債権者建物の南面開口部に及ぼす日照阻害の程度は、冬至の時点において午前八時から午後四時までの時間帯で次のとおりである。午前八時には一階部分の約三割、二階部分の約二・五割が日影となり、午前九時には一階部分の約六・五割、二階部分の約七・五割が日影となり、午前一〇時には一階部分のほぼ全部が日影となり、午前一一時には一階部分の地上一・三メートル以下の部分のほぼ全部が日影となり、午前一二時には一階部分の一メートル以下の部分が日影となり、午後一時以降は一階部分のごく一部が日影となるに過ぎず、午後二時頃以降は日影となる部分はない。また、債務者春夫にとっても、右のとおりに本件建物の建築を禁止した場合、建築確認を受けた建築計画どおりに建築すれば足りるのであるから、重大な損害を被るものとはいえない。
7 債務者春夫は、本件申立ての審理終局段階の平成三年八月五日、練馬区役所に対し、別紙図面のとおり、本件建物の屋根を一部削減する旨の変更案を提出したが、右変更による債権者建物に及ぼす日照阻害の改善効果については具体的疎明がない。
二 そこで、以上で認定した事実に基づき、本件建物の建築により、債権者建物に受忍限度を超える日照阻害をもたらすために、建築工事を禁止する必要があるといえるか否かについて判断する。
およそ住宅における日照は、通風とともに快適で健康な生活を享受するために必要にして欠くことのできない生活利益であって、これは自然から与えられる万人共有の資源ともいうべきものであるから、かかる生活利益としての日照の確保は、これと衝突する他の諸般の法益との適切な調整を考慮しながら可能な限り法的保護が与えられなければならない。
これを本件についてみると、債権者建物は、従前日照を十分に享受していたが、本件建物の建築により、午前八時には一階部分の約四割、二階部分の約四・五割が日影となるが、その後平面的には日影となる部分が次第に拡大し、午前九時には一階部分の約八割、二階部分の約九割が日影となり、午前一〇時には一、二階部分ともほぼ全部が日影となり、午前一一時には一階部分の全部、二階部分のごく一部が日影となり、その後日影となる部分が次第に減少し、午前一二時には一階部分の約八割が日影となり、午後一時には一階部分の約六割が日影となり、午後二時には一階部分の約一・五割が日影となり、午後二時三〇分頃になって初めて日影となる部分がなくなるという重大な被害を受けること、本件建物は、日影規制の対象外であるが、右規制を本件建物に当てはめてみると、その日影は右規制を超えること、本件建物は、北側斜線制限に違反していること、本件地域は、都市計画法上第一種住居専用地域かつ第一種高度地区に指定され、現に本件土地の周辺には二階建以下の低層住宅が多く、住環境の保護が重視される地域であること、債務者春夫は、本件建物の建築計画が建築基準法等の公法上の規制に適合するものであるとして建築確認を申請し、建築確認を受けながら、実際に建築中のものが建築確認を受けたものと異なっていたため、練馬区長から建築基準法違反を理由に本件建物の工事施工停止命令を受けたこと、債権者らの予備的申立てのとおりに本件建物の建築を禁止すれば、債権者建物に対する日照阻害の程度は著しく改善され、北側斜線制限にも適合するが、債務者春夫にとっても、建築確認を受けた建築計画どおりに建築すれば足りるのであるから、重大な損害を被るとはいえないことなどの事情を考慮すれば、本件建物の建築により、債権者建物に受忍限度を超える日照阻害をもたらすものということができるが、全面的に本件建物の建築を禁止する必要はなく、予備的申立ての限度で本件建物の建築を禁止するのが相当であるというべきである。
この点について、債務者らは、1 本件土地と債権者土地との間の通路が建築基準法上の道路位置の指定を受けるか、又は本件土地に盛土さえすれば北側斜線制限に適合することが可能である、2 本件建物の債権者建物に及ぼす日照阻害の程度は債権者建物の北側建物に及ぼす日照阻害の程度より少ない旨主張する。しかし、1の主張については、本件建物が右制限に適合していることを主張するものではないのみならず、いずれによっても、債権者建物に与える日照阻害を軽減するものではなく、特に、右盛土については、本件土地の利用上も相当ではないことは債務者らも自認するところであり、右盛土によって形成された地盤面を北側斜線制限の基準とすることは実質的に問題があるといえるので、右主張は理由がないものというべきである。2の主張については、《証拠省略》により直ちに、本件建物の債権者建物に及ぼす日照阻害の程度は債権者建物の北側建物に及ぼす日照阻害の程度より少ないと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる疎明資料がないのみならず、仮に右事実が認められても、前記認定した諸般の事情を考慮すれば、本件建物の建築により債権者建物にもたらす日照阻害が受忍限度を超えないものということはできないので、右主張も理由がないというべきである。
三 本件建物が完成すると、後日その一部を撤去することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性は認められる。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 中村也寸志)
<以下省略>